認知高齢者と金融機関取引

最近似たような事例が2件、身近でありました。銀行窓口での出来事です。

【事例】妻が銀行窓口で主人名義の定期預金を解約して、主人の普通口座に入金する手続きを依頼する。

銀行窓口係

ご本人様はいらっしゃいませんか?

すみません、本人は病気で自宅から出られなくて…
私が代理ではいけませんか?

銀行窓口係

そうですか、ですが本人様のご意思を確認したいのですが。

あのここだけの話、実は主人は認知症で今までも主人のキャッシュカードで生活費を私が下していましたけど…

銀行窓口係

申し訳ありません。キャッシュカードはいいのですが。
認知症の場合、私共といたしましてはご本人様のご意思を確認できませんので、この定期預金をお支払することはできません。

じゃあどうすればいいんですか?

銀行窓口係

後見人を立てていただくことになりますが。

なに後見人って。それは、どうしたら良いの?

銀行窓口係

詳しいことは、専門家の方にご相談ください。

以上のやり取りをして銀行を後にした妻は途方に暮れてしまった。生活費に使っている夫の年金口座は最近物入りで底をつきかけ、夫の退職金の残りであった虎の子の定期預金を当てにしていたのに支払いできないという。後見人ってなに?どこに聞いたら良いの?      別居の娘にお金のこと頼めないし、どうしたらよいか・・・・・・!

結局その後妻は後見人も手続が複雑で費用が掛かることが分かり、定期預金の支払いは諦めることにしました。妻は「何とかなるでしょ」と気丈に応えておられましたが、これから夫との生活費や医療・介護などの臨時出費にどう対処されるのか心配でなりませんでした。

おそらくこんなやり取りが今、日本中の金融機関の窓口のあちこちで起こっているかもしれません。

65歳以上の人口の内、認知症に罹患する割合は2015年520万人で2025年には700万人に達すると推計されています。実に高齢者の5人に1人が認知症になろうとしています。また金融庁によれば2014年時点で金融資産全体の70%を60歳以上の世帯が保有しており、そのうち認知症患者の保有する金融資産額は約145兆円。2030年には実に215兆円に達すると予想されています。これらの金融資産が上記の事例のように凍結状態にされ、経済社会に還流しなくなっているのが現状です。金融機関は一体この事態をどう考えているのでしょうか。

最近の銀行窓口では、高齢者資産の多さ、高齢者来店客の増加に対し「介護施設」のような親切な応対接客また認知高齢者の扱い方などの研修を強化しているようですが、

こうした認知高齢者の意思能力に対する根本的な実務指針が十分ではないように思います。

自分も身を置いた職場ですから金融機関の立場は非常によく理解できます。金融機関にとって「本人」の「意思」に基づいてなされた行為であることは実に最も重要なことで、また認知症高齢者の家族や推定相続人とのトラブルがナーバスに行員の頭をよぎります。私もかつて事例のように後見人の話をして(その時はあんまり後見制度のことは詳しく知らなかったくせに)冷たくお支払いをお断りした記憶がよぎります。

残念ながら、金融機関としては「後見制度」にお客様を誘導することが現状では唯一の道だと言わざるを得ないのです。

ただ、後見制度について、実務的にも経験が浅い私には偉そうに言うことはできませんが、少なくとも本事例のような富裕層ではないごく普通の世帯で、夫の退職金の一部の預金を生活費に支払うためだけに後見制度を適用することには、手続きや費用面からも私としてはどうしても抵抗があります。

では、どうしたら良いのか。このままでは認知高齢者の金融資産はますます凍結状態で積み上がるばかりです。

こうした中、金融庁、銀行協会から各銀行へ2020年3月に通達が出されたそうです。

新聞報道によれば内容は戸籍などで家族関係が証明され、介護施設や医療機関等の請求書で使途が確認できれば家族でも支払いが可能になるよう統一対応の指示がでるとのことです。しかし、現時点でこの通達が現場の末端まで、実務的に浸透しているのかは疑問があります。少なくとも私が知っている複数の地域金融機関の支店には報道の内容は知っているが具体的な指示はなく、周知されているとは言い難いのが現状ではないでしょうか。

また、この通達は非常に限定的な使途に限られていることもあります。本事例のように生活資金一般の使途についてどこまで代理支払いが可能なのか不明です。その意味で「後見制度を利用することが基本としつつ、きわめて限定的な対応として認める」とのスタンスのようです。

私見ですが、要は「本人の生活と利益に適合することが明らかである」場合、やはり金融機関にはもう少し、認知高齢者にたいして踏み込んだ、柔軟な対応をお願いしたい。

具体的には①本人に認知能力が確認可能な認知初期の段階までは、代理人を指定し委任すれば以降は代理人が引き出せることを制度化する(すでに一部の金融機関では実施されている?)②認知能力が低下した時点では推定相続人全員の同意を前提に代理人を指定し代理人の支払いを可能とする。推定相続人とのトラブルや代理人の使い込み等のリスクは推定相続人全員が負うとの確約さえ取り付ければ金融機関としては免責されるのではないか。

預金債権は相続時相続財産として分割協議の対象資産であることから生前においても、 結局は推定相続人全員の同意を得られれば良いのではないかと考えます。

以上、浅学非才の身で、生意気な意見を申し上げました。今後ますます増加する高齢者、特に認知高齢者に対し、私自身より慎重かつ丁寧な対応をしていかなければならないと思います。